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「ニューヨークに住もう」からヘアサロンLotusオープンまでのストーリー

NYで生きる、日本人サロンオーナーAyaコラム

2012年09月17日
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NYヘアサロン ロータス オーナーAYA

技術職の美容師は、海外で働くチャンスが沢山ある

 ニューヨークは大人の街。仕事でも遊びでも自分なりの楽しみ方を知っている人たちが集まっています。旅行で訪れるだけでもそのエネルギーは十分に感じられると思いますが、住んでみるとまた別の意味で彼らのふところの深さに圧倒されますね。実際、一時的にだったらニューヨークで生活することはそれほど難しくありません。観光目的ならビザなしで90日間まで滞在できるので数回行き来すれば1年いることも可能だし、学生ビザを取得して現地の学校に通いながら暮らすこともできます。お金はもちろん最低限の準備が必要ですが、それより重要なのは意志とタイミングでしょうね。

私の場合は移住する前に2回、短期でニューヨークにきています。大阪でサロンの仕事を全うしたあと念願だった海外周遊の夢を果たし、その旅の最後に初めてマンハッタンを訪れて「ここなら暮らせる」と直感したことは以前にも書きましたが、その時点でもう気持ちは決まっていました。現地の日本人向けフリーペーパーでニューヨークの仕事情報や住まいについてできるだけチェックして帰国し、それから数ヶ月後に再び観光で2ヶ月間ニューヨークに渡って、今度は美容師としての仕事先や給料、チップ収入、アパートの家賃、食生活など実際に暮らしていくための情報を集めました。今のように日本にいながらWebで現地アパートのルームシェアやアルバイトの募集まで調べられる便利な時代と違って自分の足で探すしかなかったけれど、探せば技術職の美容師には仕事が沢山あったのです。だから行動力さえあればなんとかなる。そういう強みを私たち美容師は持っているんです。

また本格的に移住するにあたって移民ビザの申請のために弁護士も雇いました。いろいろ相談した結果、「あなたはキャリアがあるので、O-1ビザ(通称アーティストビザ)でグリーンカード(永住・条件付永住者カード)の認可を取るのがいい」とアドバイスされました。嬉しかったのはいよいよアメリカ永住の決意を固めて帰国した私を、周囲の皆さんが全面的に応援してくださったことです。推薦状や私の手がけたヘアカットの写真を集めたポートフォリオ作成など、多岐にわたっていろいろな方にサポートしていただけたおかげで難関だと思っていたアーティストビザ申請書類を思いのほか順調に揃えることができました。そして1996年、ついにニューヨーク移住のために最終的に出発。日本で十分に準備した甲斐あって、渡米半年後には無事にグリーンカードが手元に届きました。あれから16年経ち今では市民権/citizenship(アメリカ国籍)も取得して、家族全員がニューヨークに生活の基盤をおいて暮らしています。


アシスタント時代に椅子3脚のサロンLotusをオープン

 さすがに今は、英語で不自由を感じることはほとんどなくなりましたが、それが自覚できるまでには10年ぐらいかかったように思います。特に最初の数年は、サロンでお客さまがおっしゃる細かいニュアンスまではわからない状態で仕事をしていました。これじゃダメだと思い始めた時、仲間のひとりから当時ニューヨークで最も勢いがあったサロンのひとつ、ウォーレン・トリコミ/Warren Tricomiの話を聞いてすぐにお店を移りました。入った当初はひたすらシャンプーマンの日々でしたね。お店のシステムで新人はそれまでのキャリアに関係なくまずアシスタントとしてスタートすることになっていましたから。でも全く抵抗はなかったし、何よりアシスタントの仕事を通じて生きた英語を覚えられたのが大きな収穫だった。今でもその時の同僚たちは「同じ釜の飯を食った」大切な仲間。仲よくお付き合いしていますよ。

結局ウォーレンには4年ぐらい在籍しましたが、実はアシスタント時代にすでに自分のサロンもオープンしていました。当時2万ドル前後が手元にあったのですが、そのお金で夫が私たちのヘアサロンをつくってくれたのです。今でもその時の彼の言葉は忘れられません。「このお金、銀行に預けているだけならただの貯金だけど、僕ならこれでお店を1軒つくれるよ」・・・彼はあらゆる面でとても器用な人で、自らトンカチを持ち出して内装やら電気の配線、配管工事まで本当にハンドメイドでサロンをつくってしまいました。椅子が3つしかない小さなスペースでしたけれど、そこが生まれて初めての自分のお店、イーストビレッジのロータス/Lotus第1号店です。それからしばらく週5日ウォーレン、残り2日はロータスを開けて出産ぎりぎりまで仕事を続け、いったん育児に専念。その間も夫とスタッフを中心にお店をまわしてもらって、気がつけばこの10年でロータスも3軒に。現在の私があるのは、あの時にお店をつくってくれたマルチタスクな夫のおかげですね。彼は今でもサロンのマネジメントからユフォラ関係の経理・財務まですべての経営を仕切ってくれています。

♥プロフィール
小出 淡也子 3月18日生まれ。O型 大阪出身。大阪美容学校卒業。
早くから美容師を始め地元大阪で働き、1996年にニューヨーク渡米。
2002年ダウンタウンイーストビレッジに、現在もサロン経営全般を担うご主人、潤一さんがハンドメイドでつくった“椅子3脚のサロン”「ロータス/ Lotus」を出店。その後、出産を経て、現在はニューヨークに3店舗あるサロンの補佐として、また8歳の女の子の母として、多忙な毎日を送っている。また2012年3月から、アメリカで出会ったオーガニックヘアープロダクト「ユフォラ/ eufora」を日本で販売開始。多くのヘアスタイリストから支持され好調なスタートを切っている。

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About カリス!
ヘアデザイナーMAYUMIのサロンワークを徹底解剖!

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