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【MAYUMIコラム】サロンを拡大移転!活動の場を広げていった時期

ヘアデザイナーMAYUMIをひもとくお話。Vol.4

2012年10月2日
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カリスMAYUMIコラム04  28才で自分のサロンをオープンしてから約10年。おかげさまでお客様が増えて、もっと広くて利便性のいい場所に引っ越すことになりました。売り上げは順調だったのですが、この時期はお店や従業員たちのマネージメントにとても悩みましたね。店の責任者とはいえ、私の本質はヘアデザイナー。経営者としての能力が未熟で不安になることも多かった。オープン当初からスタッフとして支えてくれた私の妹が、病気になった父の看病で一時店を離れたことも私にとっては大事件でした。いい思い出よりも辛いことの方が多かった、暗黒の10年です。
本業のヘアデザインに関しては、カットコンテストから作品撮りに興味が移り始めたのがちょうどこの頃。デザインカットのセオリーについて模索を続けながらも、“写真1枚に自分の感性をすべて注ぎ込みたい”と強く考えるようになりました。カットの技術を競うだけじゃなく、どうすれば美しく見せられるのか。カメラマンなど撮影スタッフとの出会いも、とてもいい刺激になりました。

ヘア業界紙の撮影に参加!少しずつMAYUMIイズムが広がっていく

サロンワークの合間に撮影した自分の作品を持って、『しんびよう』(現『Shinbiyo』)の編集者の方にアドバイスをもらい、幾度となく作品取りをした後に『しんびよう』にアドバイスをもらう事によって自分の作品の成長に繋がり、念願のヘアデザイン巻頭ページをさせてもらい、ついには表紙を飾るまでの経験をさせて頂きました。私の作品を客観的に指導してもらう先生達が編集部の方達な訳です。今も変わらず、作品を取った時は、雑談で見て頂きます。(今は、長い付き合いもあり、中の良いお友達です)また、38歳でJHAに初挑戦し、2年連続ライジングスターをノミネートされたことは、デザイナーとしての成長の成果ですね。(その当時、JHAは40歳以上の応募資格が無かったんです。挑戦できないのが残念でした。)ちょうどこの頃から世間も“ヘアデザインのよさはもちろん、美容師の実力の評価としてどれだけ売り上げを作っているかということを重要視する”という評価になってきたんです。私もお客様からのご指名をたくさん頂いていたので、タイミングよく編集部の方の目に留まったようです。その当時初、サロンワークでの特集で8ページ掲載され、これがきっかけで美容師の本質的な仕事はサロンワークにあるという時代がスタートする訳です。また、経営コンサルタント伊藤豊さんとの出会いも、この時期の大きな出来事。経営の大切さを教えていただくと同時に、「やってみたら?」と講演会や講習会など私にとって新しい挑戦の場をたくさん紹介してくれました。サロンを飛び出して、“外”の人脈がどんどん広がっていくのはとても新鮮で楽しかったですね。

 44才になって、髪書房の業界誌で1年間の連載がスタート。講演会、講習会もいただいたお話を受けているうちに月1回ほどのペースになりました。父が危篤になり、亡くなった時もちょうど東京・大阪・名古屋での3日間の講演が入っていたんですよ。病院と講演会場を何度も行き来しながら、父の死に目には会えなかったけれど、講演の期間だったからサロンワークの予約を取っておらず、お客様にも迷惑をかけずに済みました。いつも仕事を応援してくれていた父らしい最期でした。
そんな怒涛の40代を経て、サロンもその他の活動もさらに拡大の一途をたどっていきます。
(第3回へ続く)|(第5回へ続く)

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About カリス!
ヘアデザイナーMAYUMIのサロンワークを徹底解剖!

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